この度ご報告がございます。

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その前にKIKUNOBUストーリー

2007月に松江市の京店という商店街に坪のお店をOPENしました。

OPENするまでの経緯は、大阪で働いていたセレクトショップBECKでの突然のミーティングからです。急に呼ばれ、社長、店長、その時も一緒に働いていた塚本さんと4者面談。

ミーティングの題材は、最近僕のやる気が感じられない、個人売りが落ち込んでいるという内容でした。

後から聞くと僕のやる気を入れ直すミーティングだったようですが、そこで僕は突然地元に戻りお店をすると言い出してしまいました。

当時まだ26歳だったと思います。みんなビックリしたと思います。僕も無計画だったので自分で何言ってんだと後々思いました。

その発言から3ヶ月後、僕はBECKを退社しました。

とりあえずお店をするにはお金を貯めないと行けないので、お金のいいバイトを探し始めました。

最初は治験のバイトはお金がいいと聞き面接に行ったのですが、心電図で引っかかりあえなく撃沈しました。

そこからはPourton de moi デザイナー木村君と一緒にテレアポのバイトもしました。彼も丁度、服屋をやめてニューヨーク留学資金を貯める為にバイトをしてました。

彼はテレアポの確約件数はトップクラスでした。滑舌悪いのにすごいなーと思ってました。

2ヶ月くらいしたらそこのテレアポが潰れました。また職探しです。

DJやっていたので、お金はないですがCISCOでレコードだけは買っていました。そこでいつも会う先輩がいて、いろいろ相談していたら先輩が働いている配送会社の仕事を紹介していただきました。

ちょうどお中元のシーズンだったので軽トラでお中元を配送するバイトを始めました。

この配送のバイトがめちゃくちゃ楽しかったです。毎朝集荷場に行き、その日の荷物を積込んでそのまま一人で配達に回ります。

缶コーヒーを飲みながら浜村淳のラジオ聞き地図にチェックを入れて一日100~300件回ります。

あいにく配送先が南船場(服屋さんがあるおしゃれ区域)もあったので、配達のときは極力人に会わないようにダッシュでやってました。

今お取引させて頂いているアーバンリサーチさんにも荷物運んでました。なんか不思議ですね。

JieDaのニットを生産して頂いてる所にも配達してました。

独立してからも、そこの配達の局長から"今人足りないから藤田くんバイトしてよ"って電話があるくらい優秀でした。

もしお店が倒産したら配送の仕事をすると思います。

それとみなさんが疑問に思われるのが、いつ服作りの勉強をしたのか?ですが、それがこの時です。

いまだに感謝しているのがS’exprimer細川君、津田くんです。

彼らは僕より年ぐらい前から独立し、事務所を当時本町に借りていました。

僕は配送後、毎日のように事務所に行き、生地屋、付属屋、パタンナーなど生産に関わる人々を、人は紹介してくれました。

そこで洋服を作るノウハウを学びました。今言いますが初期ジエダのサルエルスラックスはフロントZIPに、パンツに使ってはいけないZIPを使っているため勝手に落ちてきます。ごめんなさい。

自己資金+国金+親から少し借り、暗黒の年を経て(この時には2度と戻りたくないです)ようやくOPENまでたどり着きました。

坪の小さいお店です。知り合いのブランド集め、JieDa 6型でスタートです。

18歳から27歳まで大阪にいたので顧客もいない中でのスタートでしたが、OPENした日に今の松江店の店長がバイトをさせてくれと突然お店にやってきました。

今とは風貌も性格も違い、イケイケで大丈夫かあ〜と思いましたが、働いて頂きました。

19歳の彼と今の彼は別人になりました。

人は成長しますね。

彼の友達が来るようになり、お店がようやく回るようになりました。彼が働いてくれている時にJieDaの生産や営業も出来ました。もしかしたらあの時採用してなかったら、今の株式会社KIKUNOBUはないかもしれません。感謝です。

そこから年くらいした時に、JieDaになんか知らないですが人気が出ます。

卸先も増え、大手セレクトショップも何件か決まり、ZOZOも決まりバブルスタートです。

この時はこのまま島根にいてのんびり卸しをして生活していければいいなと思ってました。甘いです。

そのころ松江店を今の場所に移転します。

バブルが続いたのは1年くらいです。。。。

大手セレクトショプの取引が無くなりだします。やばい!かなり落ち込みました。

売れなかったのでしょう。。。

しかし全国のセレクトショップがまだあるじゃないかという安心感。

しかしリーマンショック、震災があり卸先の倒産、支払いの延滞などが重なり、やばい。やばい。やばい。

相手はセレクトショップ、お店の色に合わなければセレクトしないし各お店にも予算があります。

自分で言うのもなんですがJieDaは毎シーズンガラッと変わってしまいます。

そりゃ取引先も困るわ。。。と思います。

このまま卸売りに頼っていたら未来は危ないと思いだします。

しかしKIKUNOBUと通販では売れている。。

悩む。悩む。悩む。

自分で売る場所を増やしたら良いんだ!世界観も伝えやすいし。

通販が大阪、神戸、京都、多いな、、、、、

ピン!

大阪に出店しよう!住んでたし、前のお店の顧客様もいるし。(ふたを開けたら当時の顧客様はわずかでしたが。。)

中津の店に決めたのは、まずはバッティングで取り扱い出来ないブランドを最小にする為とあのロケーションにびびっと来ました。内装もベランダも気に入りました。

場所は分かりづらいですが、何とかなるかな〜と

すぐに塚本さんに連絡をして働いて頂きました。

その後キンポンも島根の店長同様に急に働かせてくれと言ってきました。

彼を採用したのも大きかったです。知り合いが多い、すぐに人と仲良くなる。彼に営業は天職だと思います。

OPENして年ぐらいでE-MAに出店することになります。

ここもとても悩んだのですが、大きな転機になったと思います。

この頃から本格的に東京出店を考えだします。

ここまで来たら東京出してみたい、出したらまた何かが変わるのではないか、ワクワクが止まらなくなりました。

スタッフ全員この目標を達成する為に一つになりました。これがいい意味僕のお尻に火がつきました。

真剣に物件を探しました。約1年ほどかけて探しようやく納得いく物件がありました。

場所は代官山です。まだOPENの詳しい日は決まっておりませんが、5月中を予定しております。

ただいま内装中です。

ありがたいことにセレクトも、ほぼ今のKIKUNOBUで取扱中のブランドが展開出来ます。

オファーさせて頂いたブランド様に感謝してます!

また詳しい内容が決まり次第報告させて頂きます。

よろしくお願い致します。

それにともないE-MA店が延長している為、来週から中津店を土日のみの営業になります。

場合によってはE-MA店が終わるまで一時お休みするかもしれません。

だれか使いたいという人がいたら展示会や POP UP SHOPでお貸ししますのでご連絡下さい!

引き続きKIKUNOBU /JieDaをよろしくお願い致します。

株式会社KIKUNOBU 代表取締役 藤田 宏行

株式会社KIKUNOBU
 

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KIKUNOBU

〒690-0886
島根県松江市母衣町78

TEL: 0852-23-0886

OPEN: 12:00-20:00

 

〒531-0071
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OPEN: 12:00-20:00

 

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